
今年もおかげさまでセキュリティ・キャンプ 2025 全国大会(以下、seccamp)の講師として依頼をいただき、学生の指導に参加した。受け持ったゼミは題して「ハードウェア魔改造ゼミ」で、内容は例年と同じく、技適を守りながらルーターをラジコンにするものである。
今年の印象を「継続」「教えの実効性」「LLM」「その他」の4つに総括して感想を述べる。
継続
Seccamp の講師を務めた回数は今年で 5 回を数える。かつて小学6年の時に担任の先生が「継続は力なり」と事あるごとに言っていて、自分も今までそれを座右の銘に刻んできたが、seccamp においてもそれは真だった。
非常にありがたいことに、聞くところでは以前 2021 年から 2024 年の間に教えた学生たちの中に、「ハードウェア魔改造ゼミは面白いぞ」と周囲へ宣伝してくれている人がいるようだった。過去教えた学生の中には、現在 seccamp にチューター*1で来ていたり、そのほか何らかのコミュニティで関わりがある人もいる。彼らが自分と仲良くしてくれているのも幸いなことだが、自分の知らないところで評判を広めてくれるというのはまた別な嬉しさがある。本職が教職の人間ではないので度々講師を自称するのも畏れ多いが、講師冥利に尽きるとはこのことを指すのだと実感する。
今年はイベント組織のどこにいる人をとっても、学生時代から今日に至るまでの何らかのコミュニティやイベントで関わったり、共通の知り合いがいて話がしやすい人が多かった。また、電子辞書 (SHARP Brain) を持ってきている人も何人もいて、私のところに電子辞書を持ってきては電子辞書 Linux の話をしてくれた。これは紛れもなく、電子辞書について長いこと発表したり布教したりし続けた結果であろうと思う。
こうやって見ると、準備が毎年ちゃんと大変ではあるのだが講師を継続してよかったと思う。

教えの実効性
同じテーマを5年続けているので、学生がだいたいどれくらいのスピードで進められて、どこでつまずくかの感覚が年々養われてきた。初期はリモート講義だったのもあって進度が読めないため、講義の最低限のゴールである「ルーターを無線で操作して走らせる」に達せば公式な手ほどきは終わりという感じだった。回数を重ねるにつれて、そもそも事前学習の段階でゴールを達成してしまうほど進度の速い人もいることがわかってきたので、次第に発展的な部分を増強してきた*2。
年数を経ると同時に講義資料も最適化されて、あまり口頭での説明がなくても学生が自力で実施できるものになっていったし、加えて発展的な部分が増えるにつれて、各自の自由に選ぶ要素も増えていった。結果として、講師の私がじっくりと指導して回るというよりは、何か困ったら私かチューターに相談してねという少し受動的なスタイルに変化していった。幸いなことにチューターの練度が非常に高いのもあり、今年は私が動く場面が去年よりも少なかったように思う。
しかしここで疑問として浮かぶのが、これが「私から学生に与えられる最高の教え」なのか否かである。なぜならば、「就職するなら自分より技術があって尊敬できる人間のもとへ行け」というように、学生自身を超えたポイントを我々が常に見極め、適切にゴールを設定してやらなければ成長につながらないからである。当然、この点において私が全く無力だったと思っているわけではない。たとえば、思ったように動作しないといったトラブルが発生したときに、「あてずっぽうに原因を推測するのではなく、まず下のレイヤーあるいは根幹にある要素から順に埋めていく」というような原理や本質を述べるシーンが毎年ある。このあいだに、一緒にプローブを当てたり、オシロスコープのトリガーをどう掛ければ最適に観測できそうかを説明したりすると、まさに未知の一部が知で埋められていく瞬間が観察できる。
ではどういう時に自分の教えに疑問を持つのかというと、ほぼ何も教えなくてもいい感じにゴールを達成し、ほぼ何も教えなくてもいい感じに発展的内容を進めていく学生の場合である。議論を「Seccamp に参加する意義」くらいまで大きくすれば、消極的に見ても「業界の優秀な人間と繋がれる」といった観点でその場にいる意義が持たせられるが、大きな前提として、この場に来てくれた以上は講師たる私が何かしらの無知を埋めてやらなければ seccamp に来た価値は半減してしまうはずだ。
前述したように、発展的な自由課題のどれをたどるかは学生の自由であるため、発展的な部分をやみくもに増やしてもあまり意味がない。かといって、必須のゴールを引き上げるにしてもゴール未達の不安がつきまとう。もし来年も講師の指名を受け、継続することを選んだ場合は、この点を改善して臨みたいと思う。

LLM
今年の seccamp では、学生がどのように LLM を使うかを初めて目の当たりにした。実用的な LLM は去年の時点で存在したが、LLM を便利な道具として自然に使う学生は今年から本格的に増えたように思う。ちょっとした質問から、ラジコン操作用の Web フロントをまるごと Claude に書かせるまで、使い方には幅があった。ChatGPT を「チャッピー」と呼んで半分ネタにしながら実際にモノにしていくさまは、なかなか新鮮な光景だった。
私のゼミは「ルーターをラジコンにする」だけがゴールなので、講義資料で示す実装はお手本に過ぎない。自動化の困難な工作や回路作成を除けば、AI にアウトソースできそうな箇所がかなりある。おそらく、自然言語でミッションとコンテキストを説明して Codex CLI なり Claude Code なりに任せれば、それなりに物ができちゃうんじゃないかと予想している。
しかし学生の実際の使い方はそこまでアグレッシブではなかった。無知の知はもう経験していて、どちらかというと「どの無知をいま埋めるべきか取捨選択して LLM を使っている」ように感じた。世間では、学生が課題を LLM にやらせるといった逃げの LLM に悩む教師の話をよく聞くが、選考を経てやってくるほどの優秀な学生というのはそういった点も分別をわきまえているようで少し安心した。
一方で、Web に転がっているあるいは AI が生成したサンプルコードを過信し、自らの目で API の中身の実装を見に行かない事象についてはきちんと見に行くんだよと指導した。これは LLM 登場前からごく普通に起きていたことで、LLM が特別に糾弾されるような現象でもない。結局は調べ方が手動の検索であろうが LLM であろうが、自ら源泉をたどる重要性は変わっていない。それを実感させるには十分なトラブルシューティングが今回生じたのではないかと思う。

その他
そのほかに研修施設のアクセスなど思うところはいくつかあったが、ひとまず平和に終えられてよかった。前述のように今年は比較的自由な時間が多かったので、3D プリンターを使って学生が欲してそうなものをプリントしてやったり、本気を出せばこんなこともできるぞとばかりに族車仕様の走るルーターをちまちま製作することもできた*3。
今年も時間をかけて準備した身としては、私の受け持った学生や一緒に議論した学生が学びを得て帰ってくれたことを願いたい。
